大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成11年(ネ)770号 判決 1999年12月16日

控訴人 B山春夫

<他9名>

右一〇名訴訟代理人弁護士 鳥生忠佑

被控訴人 A野太郎

右訴訟代理人弁護士 鈴木健司

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

二  被控訴人

控訴棄却

第二事案の概要

一  本件は、控訴人らがその共有の原判決別紙物件目録一記載の土地(以下「本件私道」という。)に鉄柵(以下「本件鉄柵」という。)を設置し、本件私道の奥にある同目録一記載の土地(以下「被控訴人所有地」という。)を所有する被控訴人の自動車による通行を妨害したと主張して、被控訴人が、控訴人らに対し、本件私道について自動車による通行が可能な通行自由権(人格権的権利)を有することの確認を求めるとともに、通行地役権又は通行自由権(人格権的権利)に基づく本件鉄柵の撤去と不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。原判決は、被控訴人の請求を認容したので、これに対して控訴人らが不服を申し立てたものである。なお、第一審被告B野竹夫は、控訴提起後死亡し、その相続人から本件私道の共有持分を購入した控訴人C山梅夫が訴訟手続を承継した。

二  右のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人らの当審における主張)

1 本件私道は、建築基準法四二条一項五号の道路位置指定を受けた道路ではなく、同条二項のみなし道路である。また、本件私道は、かつて二メートル程度の幅員しかなかった。控訴人らは、自宅利用の利便を増進させるとの共同利用の目的で、自己の負担で本件私道の幅員を三メートル強に拡幅した。したがって、控訴人らは、被控訴人が本件私道を自動車で通行することを拒否する特段の事情がある。また、本件は、最高裁平成九年一二月一八日第一小法廷判決とは事案を異にする。

2 被控訴人が自動車で本件私道を通行するのは、土曜、日曜の週二回にすぎないこと等からみて、日常生活上不可欠な利益とはいえない。

3 控訴人らは、平成七年一月に本件私道上に本件鉄柵を設置した。被控訴人が有料駐車場を借りたのは、一〇か月以上経過した平成七年一〇月二〇日である。これは、被控訴人の自主的な判断によるものであり、本件鉄柵設置との相当因果関係はない。

(被控訴人の当審における主張)

1 控訴人らと被控訴人とは、昭和六二年一二月ころ、被控訴人が無償で自動車により本件私道を通行することが可能な通行地役権設定の合意をした。

2 建築基準法は、同法四二条一項五号の道路位置指定を受けた道路と同条二項のみなし道路とで差を設けておらず、みなし道路であっても建築制限がある。したがって、控訴人ら主張の判例は、本件のみなし道路にも妥当するものである。また、被控訴人が自動車で本件私道を通行しても、控訴人ら主張の共同利用の目的を阻害するものではない。

3 被控訴人は、控訴人らが本件鉄柵を設置し、これに鍵をかけたため、自動車で本件私道を通行し、公道と自宅内の駐車場とを行き来することができなくなった。このように、被控訴人は、日常生活上不可欠の利益を侵害されている。

4 被控訴人が有料の駐車場を借りたのは、控訴人らが平成七年一〇月八日に本件鉄柵に鍵をかけ、自動車で本件私道を通行することができなくなったからである。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所は、被控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。

1  当事者間に争いのない事実、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件私道は、南北に通じる私道(別紙概略図参照)の南側部分である。右私道は、北端と南端で公道と接している。しかし、北端部分の幅員は、二メートル程度しかないため、北側部分を自動車で通り抜けることはできない。

(二) 被控訴人は、昭和二四年ころから、私道全体のほぼ中央の西側に位置する被控訴人所有地(地番三四番一五)上の建物に居住している。被控訴人の父A野松太郎は、昭和三八年、右土地を購入した。当時の本件私道は、幅員が二メートル程度しかなかったため、自動車で本件私道を通行することはできなかった。そのため、被控訴人は、他に駐車場を借りて、自動車を利用していた。

(三) 株式会社東栄住宅は、昭和六二年ころ、本件私道の東側にある宅地五筆に地上建物を建築するとともに、本件私道の幅員を三・三メートル程度に拡幅して、土地付き建物(本件私道の共有持分付き)として売り出した。控訴人ら(控訴人A田松夫、同A田松子、同C山梅夫を除く。)及びD川一夫、D川一子、B野竹太郎(以上で五世帯になる。)は、昭和六二年四月から八月にかけて、それぞれ、株式会社東栄住宅から、右土地付き建物と本件私道(拡幅された後の地番三三番一)の共有持分を購入した。本件私道が拡幅されたため、自動車で本件私道を通行することが物理的に可能となり、控訴人らの中には、自宅の駐車場から自動車で本件私道を通行して南側の公道と行き来している者もいる。なお、本件私道は、建築基準法四二条二項のみなし道路であり、付近住民等により道路として利用されている。

(四) 被控訴人は、本件私道が拡幅された後の昭和六二年一二月ころ、被控訴人所有地上に自宅を新築し、敷地内に駐車場を設置した。その後、被控訴人は、自宅内の駐車場と南側の公道を自動車で行き来するため、本件私道を通行するようになった。

(五) 株式会社東栄住宅から土地付き建物を購入した者のうち、B野竹太郎は、平成元年一二月に死亡し、B野竹夫が相続した。同人も平成一一年二月に死亡し、その相続人は、平成一一年九月二四日、控訴人C山梅夫に対し、土地付き建物と本件私道の共有持分を売却した。また、D川一夫、D川一子は、平成五年三月、その有する土地付き建物と本件私道の共有持分を控訴人A田松夫及び同A田松子に売却した。したがって、控訴人らが本件私道の現在の共有者である。他方、A野太郎は、平成六年六月に死亡し、被控訴人が被控訴人所有地を相続により取得した。

(六) 控訴人らは、平成六年三月ころから、被控訴人に対し、自動車で本件私道を通行することに苦情を申し入れ、話合いが行われたが、折り合いがつかなかった。そこで、控訴人らは、平成七年一月、本件私道の南端付近に鉄柵を設置し、同年一〇月には、本件鉄柵に錠をつけ取り外しができないようにした。被控訴人は、自動車で本件私道を通行できなくなったため、同月二〇日、月額一万五〇〇〇円で付近の有料駐車場を借りた。その後、被控訴人は、自宅近くの駐車場に変更し、月額二万八〇〇〇円を支払っている。

2  通行地役権について

本件全証拠によるも、控訴人らと被控訴人とが本件私道について通行地役権設定の合意をした事実を認めることはできない。

3  通行の自由権について

(一) 最高裁の判例(最高裁平成九年一二月一八日第一小法廷判決・民集五一巻一〇号四二四一頁)によれば、建築基準法四二条一項五号の規定により道路位置指定を受け現実に開設されている道路を通行することについて日常生活上不可欠の利益を有する者は、右道路の通行をその敷地所有者によって妨害されているときは、敷地所有者が右通行を受忍することによって通行者の通行利益を上回る著しい損害を被るなどの特段の事情のない限り、敷地所有者に対して右妨害行為の排除を求める人格権的権利を有する。

そして、被控訴人は、建築基準法四二条一項五号の道路位置指定を受けていなくても、同条二項の指定がされた道路は、同条一項の道路とみなされているから、このみなし道路についても、右判例の趣旨が妥当するものと主張している。

(二) しかしながら、本件の事実関係を検討すると、次の事実を認めることができる。

(1) 本件私道の幅員は、現状でも、三・三メートル程度にすぎない。この幅員は、安全に対向車とすれ違うには、不十分な距離である(一般の乗用車の幅は一・七メートル前後あることを想起せよ。)。本件私道は、幅員から考えて、自動車通行の安全性を確保し難い道路である。

さらに、控訴人らは、自宅から本件私道へ出入りしており、本件私道を徒歩又は自転車で通行する者や道端で遊ぶ付近の子供もいる。また、一時的に自転車などを置く者もあろう。自動車が本件私道を通行すると、これらの者、特に老人や子供の安全が脅かされる可能性がある。

これらの事情を考えると、被控訴人が自動車で本件私道を通行すると、その通行の利益を上回る損害を控訴人ら及び通行人などに与えるおそれがあるものと認められる。

(2) そして、前述のように、本件私道は、かつては、幅員が狭く自動車による通行ができなかったものであり、被控訴人の父は、元々、自動車で本件私道を通行することはできないとの前提で、被控訴人所有地を購入したものである。被控訴人も、当初は、自動車で本件私道を通行することができず、他に駐車場を借りていたのである。被控訴人が自動車で本件私道を通行することができるようになったのは、その後、本件私道の幅員が約三・三メートルに拡幅され、控訴人らが昭和六二年に自己の負担により拡幅された後の本件私道の共有持分を購入した結果にすぎない。

被控訴人は、自動車で本件道路を通行することについて日常生活上不可欠の利益を有しているというが、被控訴人所有地そのものが本来は自動車で出入りすることを予定しない土地であったのであるから、控訴人らが本件私道における自動車通行を許容しないからといって、元の状態にとどまるにすぎず、被控訴人の本来の生活上の利益は侵害されないのである。以上の認定に反する被控訴人の主張は、採用することができない。

以上の本件の事実関係に対し、右判例の事案は、大規模な住宅団地の開発分譲業者が、各分譲地に至る通路として幅員四メートルの道路(私道)を開設して、建築基準法四二条一項五号の道路位置指定を受けた後、各分譲地、地上建物及び分譲地に接する私道部分を分譲したところ、分譲を受けた者又はその者から権利を譲り受けた者の間で私道部分の通行権の有無が争われたものである。この事案は、建築基準法四二条一項五号の指定を受けた私道であり、その幅員が四メートルである点で、同条二項の指定があるにとどまり、幅員が四メートルに達しない本件とは異なる。また、分譲の当初から、幅員四メートルの私道が開設されており、分譲を受けた者の相互間においても、自動車で私道を通行することが予定され、そのような分譲地として購入したという事案である。

(三) このように、判例の事案と本件の事実関係を比較すると、判例の趣旨を本件にあてはめることができないことは、明らかである。建築基準法四二条二項のみなし規定があるからといって、安易に同項のみなし道路に判例をあてはめることはできないのである。

以上のとおりであるから、被控訴人は、徒歩で本件私道を通行することはできても、控訴人らの承諾なしに自動車で本件私道を通行する権利があるとは認められない。

したがって、被控訴人が自動車による通行の自由権又は人格権的権利を有することの確認請求及び右の権利に基づく本件鉄柵の撤去請求は、理由がない。

4  損害賠償請求について

被控訴人は、自動車で本件私道を通行する権利を有していないことは、右に述べたとおりである。また、右3の認定事実からみて、被控訴人が自動車で本件私道を通行することが、不法行為による救済の対象となる利益であるとも認められない。

したがって、控訴人らが本件鉄柵を設置したことにより、被控訴人に不便が生じたとしても、このことが不法行為となるものではない。被控訴人の不法行為に基づく損害賠償請求も理由がない。

二  したがって、被控訴人の請求を認容した原判決は失当であるから、原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却すべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一一年一〇月二八日)

(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 菊池洋一 江口とし子)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例